『学問のすゝめ』についてのいくつかの覚書
今読んでいる『学問のすゝめ』についてのいくつかの覚書。
- 作者: 福沢諭吉
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1978/01/01
- メディア: 文庫
- 購入: 12人 クリック: 414回
- この商品を含むブログ (128件) を見る
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず
これは当然、人は皆平等に作られることを意味する。
現代においての、一般的認識はここで止まっている。
しかし、福沢の解釈はさらに先を行く。
天は人を平等に作った。
しかし、現世において、人は平等ではない。
これは何故か?
それは学問を為すか為さないかの差なのである。
この世でエラくなろうと思っているなら、勉強しろ。
これが福沢の言いたかったことである。
暴君=国民のアホさを示す
福沢は暴君について次のような考え方を持っている。
なぜ、暴君が生まれるかというと、
国民がアホだからである。
国民がアホだから、まともな治世なんかできるはずが無い。
だから結果として、力で持って押さえ込む暴政に至る。
国民が賢ければ、ちゃんとした治世ができる。
従いていくだけでは駄目だ
日本の風潮というか悪習というか、
そのひとつがとにかく従いていくだけ、というもの。
誰か一人エラい人がいて、その人の言うとおりただひたすら従いていく。
福沢はこれに警鐘を鳴らしている。
もっと個人個人が自分で考えて動けと言っている。
以上が今読んでいるところまでの内容の覚書。